本批評の殆どは米国のイラク侵攻前に書かれたものです。
米国広告業界トップの敗北
古いニュースで恐縮だが、3月4日の朝日新聞夕刊2面に次の内容の記事が掲載された。
01年10月2日、米国の大手広告会社の幹部から「パブリック・ディプロマシー(大衆外交)および広報」を担当する米国政府・国務次官に任命されたシャー ロット・ビアーズ氏が事実上、解任された。彼女は、1935年テキサス州生まれ。J.ウォルター・トンプソンはじめ2大手広告会社(もう1社は不明)の最 高経営責任者(CEO)を歴任し、88年には女性で初めて米広告代理店協会会長まで務めた人物。おまけに97年には「米国で最も有力な女性」のトップとし て米誌フォーチュンの表紙も飾った凄腕だ。そのビアーズ氏が、上院外交委員会で「自分たちがどう見られたいかということと、実際に自分たちがどう見られて いるか、との間のギャップは驚くほど大きい」と証言し、広報戦略の失敗を事実上、認めたということらしい。
極めて広告的なメディア戦略への疑問
本来私は、彼女が制作したビデオや情報誌を見てから本批評を書くべきかもしれぬが、それを手に入れることは難しい。まして、このような広告業界の重大事を 報道する視点を持った広告マスコミが皆無である以上、インターネットなどを通じたビアーズ氏の発言や事実を題材に書き進めていくしかない。
以上の状況で本論を進めると、氏が行った戦略は次のようなものだったらしい。 01年9月11日の同時多発テロ以後を担う米国政府の情報戦略の責任者に抜てきされた氏が就いた「パブリック・ディプロマシー」(大衆外交)と呼ばれる職 務は、外国の大衆向けの世論づくりが目的とされている。中東やアジアのイスラム教諸国での「嫌米」感情の顕在化に対し「見解の違いを埋める」というブッ シュ大統領得意の論理を実現するために選ばれた氏は、「グローバル通信」なるシステムを新たに設け、米政府の見解を盛り込んだ“情報製品”を即座に30カ 国語に翻訳して送信・配布。さらに1日24時間放送されている米国の声(VOA)の後身のアラビア語放送「ラジオ・サワ」を活用し「イスラム教徒と融和す るアメリカ」を売り込んでいった。また、音楽専門テレビ局MTVのほか「中東のCNN」とも呼ばれるカタールの衛星テレビ局アルジャジーラには、アラビア 語が堪能なクリストファー・ロス元駐シリア大使を出演させ、政府広報誌「イラク 恐怖から自由へ」では、1988年3月16日にイラク北部の町ハラブジャ でイラク軍の毒ガスにより5000人のクルド住民が死んだとされる、いわゆるハラブジャ事件(この事件で使われた毒ガスはイラクでなくイランのものである という説もあり今でも謎に包まれているが)の内容を紹介。イラク攻撃への支持を訴えるために世界中に配布するなど立て続けにPRを行った。さらに、こうし たコンテンツ制作の一方でビアーズ氏は、ワシントンとアフガニスタンの時差の関係からタリバンの宣伝攻勢に対処できない不利を排除するためワシントン、ロ ンドン、イスラマバードに「情報センター」の設置も実現した。氏の補佐役を務めるクリストファー・ロス氏は「活動の狙いは米外交を後方支援すること」と 語っている。
少なくともこれらの施策は、“広告代理店的”なメディア戦略としては合格点だろう。しかし、3月4日付の朝日新聞によると「米国内のイスラム教徒の生活を 紹介し、米国とイスラム世界との価値観の共有を強調するビデオを制作、イスラム諸国のテレビ局などに広告として売り込んだ。しかし、各国で放映拒否などの 強い反発を受けていた」とある。また、「アフリカ記者協会」のアダム・オウログエム副会長は「どうしてメッセージが伝わらないのか? メッセージの内容に問題があるのだろうか、それとも発信の方法に問題があるのだろうか? もし(米国のメッセージが)ワールド・ワイド・ウェブに掲載されているのなら、アフリカの大部分の人には、そこにアクセスする手段がないのだ」とホーム ページにおける情報発信への批判も行っている。
私は、ブッシュを全く信用していないイスラム教国に対しては、もっともっと緻密でアンダーグラウンドなゲリラ的戦略が求められるべきだったと思う。その意 味でビアーズ氏は、CIAとも手を組まなければならなかったはずだ。結局は広告効果に責任を取ってこなかった極めて広告代理店的な考え方を原因とするこの 失敗を、広告を業務とする者は真剣に受け止めるべきである。
外交手段としての広告
湾岸戦争(91年)当時の情報戦に詳しいジョン・マッカーシー氏は「ホワイトハウスは世界最大の広告会社だ。対イラク戦争は間違った情報に振り回された結果、始まるだろう」と警鐘を鳴らしていた。
確かに最近の戦争で、マスコミを通じた巧みな情報操作が行わるのは常だ。湾岸戦争時、イラク軍の油田放火が原因として別に撮影した油まみれのウミウの資料 ビデオをCNNなどに提供し「イラク軍がクウェートの病院で赤ちゃんを保育器から出し窓から放り投げた」という少女の作り話を流した米国レンドン・グルー プは、正にプロパガンダの寵児となった。アメリカの広報活動の専門家は「実際のところ、政策が空虚であっても宣伝で補えるという点で、政治のプロパガンダ というのは、ビジネスのマーケティングと同じだとも思う」と述べている。確かに、広告とは「かっこいい方の足を前に出したからといって、誰が非難できるだ ろうか?(デビッド・オグルビー著「売る広告」より)」という性格のものだ。しかし今回のビアーズ氏の辞任は、正にその広告存在そのものが敗北したことを 証明するものである。 ビアーズ氏は国務次官に抜擢された当時「われわれの機関は非常に重要な機関だが、政策発表の仕方や、合衆国政府を代表して毎日話をする人々のあり方が、極 端に理屈っぽく理性的になりがちであることに、私は衝撃を受けた」と語り「だが、われわれは、このテーマに別の一面があることを知っている。それは、非常 に感情に訴える性質を持ち、道理や理性とは全く異なる部分が関係しているということだ」と、いかにも広告的にその豊富を述べている。「通常の外交活動とは 別に、外国の一般大衆に直接情報を流し、国際世論の形成を図る活動」とも定義される「大衆外交」への挑戦を前にした米国広告業界トップの極めて“業界的” なコンセプトの選択である。その彼女の戦略が破綻したのだ。
イスラム教徒への広告は可能か
ここで私はビアーズ氏の取った、あるいは取るべきであった戦略を追ってみたい。ただし、その前に01年9月17日、同時多発テロ直後に行われたワシントン、イスラム・センターでのブッシュ大統領のスピーチの一部を引用しておく。
「皆さん、御歓待いただき、ありがとうございます。我々はいま当面の問題について広範な話し合いをしてきたところです。私と一緒に立っているこの善き人々 と同じように、アメリカ国民は先日の火曜日の襲撃に愕然とし憤激しました。全世界のイスラム教徒たちも同じでした。アメリカ人とその友人であるイスラム教 徒たち、アメリカの国民、納税者である国民、そして諸国のイスラム教徒たちはともに驚愕し、テレビの画面で目にすることが信じられませんでした。(中略) 恐怖の顔は、イスラムの真の信仰ではありません。それはイスラムがよってたつものではありません。イスラムは、平和です。テロリストたちは平和を代表して いません。彼等は邪悪と戦争を代表しているのです。
イスラムのことを考える時、我々は世界の十億もの人々に慰めを与える信仰のことを思います。何十億もの人々が慰安と慰めと平和を見出すのです。そしてそれはあらゆる人種の兄弟姉妹たちからなりたっています。あらゆる人種の。
アメリカの国民の中には何百万人ものイスラム教徒がいます。 そしてイスラム教徒は 我が国にすばらしく貴重な貢献をしています。イスラム教徒は、医者であり、弁護士、法学の教授、軍のメンバー、企業家、店主、お父さん、お母さんです。尊 敬をこめて彼等を扱う必要があります。怒りと感情の中にあって、我々アメリカ人同胞はお互いを尊重しあわねばなりません。」
結果的に米国vsイスラム教諸国という対立の図式を作りあげてしまったとはいえ、ブッシュの言うこれらの言葉もまた真実だと思う。私は、ビアーズ氏が手が けた広告のコンセプトもこのブッシュ演説とほぼ似通ったものになることは明らかであったと思う。つまり「米国の敵はイスラム教徒ではなく、イスラム教徒が 憎む邪悪と戦争を代表するテロリストである。米国にとってイスラム教徒は、米国に貢献し共に平和を愛する存在である」となろう。そうした観点から、表現戦 略を立てれば次のようになる。
(1)米国社会がイスラム文化及びイスラム教徒を受け入れている現実と、それを裏付ける 思想の情報発信。
(2)できればイスラム教国の宗教指導者に登場してもらい、イスラム教とテロリズムを比 較したうえでテロリストを批判する情報発信。
(3)中東やアジアのイスラム教諸国民が登場したうえで米国との交流の模様を情報発信。
特に(2)や(3)が状況的に難しいことは明らかである。しかし、コミュニケーションの対象者に広告に登場してもらうことは最も基本的な表現手段の一つ だ。まして「外国の一般大衆に直接情報を流す」大衆外交にとってこの手法を使わない手はない。
シャーロット・ビアーズ氏は少なくとも(2)や(3)を行ったのであろうか? 新聞記事とインターネットで見る限り、行っていない。仮にそれが否定された(あるいは意図的に用いなかった)として、資本主義国のメディアに商品CMを流 すのと同じように、イスラム教諸国に他でもないアメリカの思想を流せるメディアがあると、本気で思ったのだろうか? それ以外のメディアを模索しなかったという点から、そう思っていたのだろうと推測される。さて、それでは前述したようにCIAと組み、あるいは米国軍部と 組んだうえでゲリラ的な、ある意味危険なコミュニケーションを行う覚悟があったのだろうか? イスラム教国にアメリカをPRできる人物を入国させ、国家に支配されないアンダーグラウンドレベルでフセインに反感を持つ国民に情報発信し“反イラク”の 気運を盛り上げるという戦略を、ブッシュに対しプレゼンテーションする発想を持ち合わせていたのだろうか? (既にそれは広告でないかもしれないが。)
これらの戦略もなしに、ただおざなりのイスラム文化礼賛のCMパッケージを作成し、広告代理店お得意のメデイア戦略よろしく各国の放送局に流す。それで自らの責務が果たせると、彼女は思っていたのだろうか?
「自分たちがどう見られたいかということと、実際に自分たちがどう見られているか、との間のギャップは驚くほど大きい」そんなことは始める前から分かっていたことだ。
確かに成功した広告キャンペーンは多い。しかし、その原因のすべてが広告そのものにあるわけではない。一方で失敗した広告キャンペーンも多い。しかし、私 たちは失敗の責任を多くの場合取らされないのだ。私は、これほど障害の多い仕事を受ける心構えとして、シャーロット・ビアーズ氏はあまりに浅はかだったと 思う。そして国務次官の要請を受けたそのこと自体が、大手広告代理店CEOとして君臨してきた業界人としての過信があった疑いを濃くさせる。プロパガンダ が成功したと喧伝される“油まみれのウミウ”の画像や“イラク軍が赤ちゃんを保育器から出し窓から放り投げた”と証言した少女の嘘でさえ、所詮は西側諸国 のオピニオンに影響を与えたに過ぎない。しかし、彼女のターゲットは反米感情を露わにするイスラム教諸国民だったのだ。
国務次官を要請された時、彼女にとって選択すべき道は一つしかなかったと思う。それは、要請に対し「I won’t be able to do it.」と答えることだったのだ。
(2003年3月28日)