業界的には二流のコピーライターである私に、公に広告のクリエイティブを語る資格はない。したがって、(これまで繰り返し述べてきたように)今月も、業界 誌が行っているようなクリエイティブに偏った批評ではなく、あくまで社会的なメッセージとして気になる広告について述べてみたい。広告は社会的な存在であ り、社会性ぬきに広告は存在し得るはずがないからである。
環境問題への鈍感さ
一つ目は、三菱電機「霧ヶ峰」の「エアコンの電気代は、高いからつけっぱなしはだめ!なんて、昔の話ね。」という窓上広告だ。もちろん、この広告の意図は 「省エネ設計だから電気をつけ放しでもいいほど、電気代の心配がいらない」という商品メリットを伝えたかったわけだが、“電気代がかからないから電気はつ け放しでいい”というメッセージが、いかに現在の環境・エネルギーの常識に反しているかは明らかである。これは別に、点検・補修作業に関わる一連の不正で 東京電力の原子力発電所が停止しているという事情からだけではない。京都議定書で定められた日本の温室効果ガス6種類の排出量削減目標すら達成が危ぶまれ ているなか、地球に生きる者として、できる限り節電に努めていくことは当然のことである。それは「スイッチはこまめに消す」などのごく身近な習慣を我々が どこまで実行できるかにかかっている。そうした社会の流れをこの広告を作成したコピーライターは、全く無視している。あるいはそうした社会的な常識に著し く欠けている。さらに私を困惑させているのは、仮にコピーライターを含む制作者側がこのキャッチフレーズを提案したとしても、なぜ三菱電機が訴求内容の誤 りに気付かなかったのかということだ。私はこれが、二重の意味で広告を作成する側の社会的な鈍感さを示していると思う。世の中に環境問題を扱った広告はあ ふれ返っている。しかし、それらは“広告的”にあふれ返っているに過ぎないのではないか? つまり、環境を通して企業をPRする視点には長けているが、客観的に環境問題をとらえる視点に欠けている(あるいは広告だからという理由で無視している) のではないかという疑問だ。だからこそ、トヨタのエコプロジェクトのような広告が生まれるのではないか(『マンスリー広告批評/現代広告の読み方』参 照)。それほど、私にとってこの三菱電機の広告は衝撃的だった。
Slowとspeed!
二つ目は、キユーピーマヨネーズの企業CMだ。昨年度の「ACC CMフェスティバル大賞」受賞作品で、何より「TCC最高賞」受賞作品でもある。それど ころかADC賞も獲得して3冠なのである。ましてやコピーライターは、重鎮、秋山晶氏。このような業界最高峰の広告に対し、私ごときに何が言えるかという 問題なのだが、これから申し上げることは、私が感じた素朴な疑問としてお読み頂きたい。また、この広告に関し私は(業界誌などによる)制作者の企画意図を 読んでいない。したがって、制作者及びスポンサーに訊いてみたい内容を明らかにしていく構成で書き進んでいこうと思う。
軽快な音楽に乗って切られていく黄ピーマンやたまねぎ。「speed! 料理は高速へ」というシャープなメッセージ。美しい映像。インターネットで見る限 りここで使われている音楽に対する関心もかなりだ。それでは、私が抱いた本CMに対する疑問とは何なのか。数々の素晴らしい評価をすべて前提としたうえ で、あえて述べてみたいと思う。
私の抱いた疑問とは、「slow」なる言葉がライフスタイルの幅広い場面で一つの潮流となっているいま、あえて「speed」という言葉を持ってきた真意である。
(1)消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、酒を守る。(2)質のよい素材を提供する小生産者を守る。(3) 子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。これら3つの理念を柱とする「スローフード」や、右肩上がりの高度成長を目指してきた戦後資本主義へのアンチ テーゼとして肩肘張らずにのんびり生きよとすすめる「スローライフ」をはじめ、あまりに急ぎ過ぎた現代社会と現代人の生き方を見直そうという「slow」 をキーワードとした一連の思想が広がり始めている。これらの思想が現代を否定的に語る場合、「speed」なる言葉は、めまぐるしく変化する政治・経済・ ビジネスを総括し、それらがもたらした環境破壊までも象徴するキーワードとしての位置を占めている。(ゴミ問題にもつながる)巨大消費を生みだした資本主 義経済に代わる言葉として煩雑に使われているのだ。基本的には「急がないで、ゆっくり身の周りを見回しながら生きよう」という主張であり、そうした視点か ら無駄なエネルギー消費も回避されるという論理がいま確実に勢いを増している。確かにスローフードの分野で言う「slow」の反対語は正しくは 「fast」である。しかし、こと現代社会や現代のライフスタイルを語る場合、「speed」がいまやネガティブな意味合いを含んだ言葉に変化してきてい ることは事実なのだ。
私は、単なるグルメ主義と誤解されかねない「日本スローフード協会」のメッセージに不信を抱いているし、「speed」が全ての価値であるかのような現代 社会で徹底的に「slow」に生きる処方箋を、誰も示していないという意味で「スローライフ」論者も信じていない。ましてや、このCMで用いられている 「speed!」は単に料理のスピードを言っているに過ぎない。しかし、そのうえで、しつこいかも知れぬが「speed!」という言葉を持ってきた真意を 知りたいのだ。それは、いま「speed!」なる言葉を発信することが、スピードが尊ばれてきた現代社会に迎合する姿勢とイメージされないか、という議論 が関係者の間であったかという疑問でもある。あるいは、「スピードが尊ばれてきた現代社会」を明確に支持したうえでの表現であったのか、という疑問だ。
「speed!」なるコンセプトが、料理文化の核心を衝いているのなら、まだ分かる。キユーピーマヨネーズの明確な方向性を示してくれているのなら、まだ 理解できる。しかし、果たしてそうだろうか? コンセプトそれ自体についても、私は尋ねてみたい。まさか料理雑誌の「いそがしい朝のスピードクッキング」の乗りではあるまい。つまり、単なる調理時間の 「speed!」を語るだけでは、特にキユーピーマヨネーズが発信する際の料理文化のメッセージとして成立し得ないと私は思う(これ以上はクリエイティブ の領域なので、この「マンスリー広告批評」では取りあげない)。だからこそなお、あえていま「speed!」をキーワードにした意図に疑問を抱くのであ る。
本CMを発信する企業の主要商品は、(スピードを出した時の風の心地よささえメリットになる)バイクや、(スピード操作が確実なアピールとなる)家電では ない。“スロー”フードと密接に関わりのあるマヨネーズやドレッシングを販売している企業による“スピード”の CMなのである。
雑誌「コマーシャルフォト」03.3月号の「クリエイターが選ぶ2002CM BEST10」において、本CMは30位までに入っていない。私は、このベストテンの選者たちが、なぜ業界3冠を獲ったこのキユーピーマヨネーズのCMを 選ばなかったのか、理由を尋ねてみたい。
(2003年3月14日 )