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広告スペースを選ぶ必要はないのか?

マンスリー広告批評〈00.6月〉

東京都内のJR主要駅の自動改札に、これ でもかと言わんばかりにステッカー式の広告(正式名称はない。JRに確認)が貼られている。私は、最初これを見た時に愕然とした。大いなる皮肉をこめて言 わせてもらえれば、この新たなる交通 広告スペースを発案した宣伝部担当者もしくは担当広告代理店に多大な敬意を表したい。よくぞ旅客収入の伸び悩む中で新しい資金源を見出した。しかし、この 方たちは、同時にその無神経ぶりでも目立ったとお伝えしたい。 自動改札を利用された方なら、上手に定期券を挿入できなかった経験は誰しもお持ちだろう。いかに毎日通 勤・通学で利用していようと、定期券をスムーズに差し込めなくて立ち止まる人を毎朝のように見かける。つまり、忙しく歩く都市生活者にとって“定期券を自 動改札に挿入する”という行為は、幾分かの集中力を要するのである。その点では、駅員の前を見せて通 るだけだった昔の改札の方がよほど容易い。定期を定期入れから取り出す必要もなかった。自動改札は便利なようだが、人の流れは滞りやすいし、利用するのに も気を使う。 つまり、そもそも顧客サービスという点で某かの負担をかけている自動改札の欠点をさらに助長するのが、このステッカー広告であると私は言いたいのだ。 自動改札に我が物顔に貼られたステッカー式の広告は、利用者の利便性に逆行する仕業である。何も心理学を学ばなくても、広告があることで視点が定まり難く なるのは常識である。ただでさえ神経を使う“定期券を自動改札に挿入する”行為は、ステッカー式広告の存在でさらに神経をすり減らすものとなった。恐らく この時点で、この広告は不快感を醸成する存在になり下がるであろう。そしてJRは、広告収入の代わりに利用者サービスを低減させ、さらには企業イメージま で低下させようとしているのだ。いかに車内広告で種々のサービスを広告しようと、自動改札というサービスの原点、利用者との接点を蔑ろにしたこの行為に よって、投下した広告費の一部は明らかに相殺されるだろう。 同様のことは広告主にも、もちろん言える。不快感の伴うスペースに広告するという行為のマイナス面 をどうお考えなのか? 媒体料が安価ならよしとするのか? 顧客のイメージを想像できなければビジネスは不可能である。そもそも、自動改札に広告を貼り付 けるという行為に対する消費者のイメージを前もって想像されたのか、お聞きしたいものだ。 JRや私鉄各社は、最近、駅構内のフロアを広告スペースにしているが、これなども、文字文化を尊んできた古き良き時代の日本人の精神文化をふみにじるもの である。「近頃の方は気になされないのでは」という立場なら、鉄道各社は、かつてあった高潔な日本文化への敬意をお持ちではないということだろう。もちろ ん、文字を踏みつけるという行為に何も感じない層は存在するし、私のような発言は少数派に属するのかもしれない。しかし、踏みつけられるという行為を前提 とした広告に対し、制作する側はどんな思いを抱いているのだろう。考案者はどう考えるのだろう。 そして何より私が疑問なのは、人通りの多い駅構内で立ち止まって見ることが困難なこの広告そのものに、広告主がどのような効果 を期待しているかという点だ。瞬間的にブランド名もしくはキャンペーン名が記憶されればよいという考えであろうが、仮に広告目的がその点にあるにしても、 ブランドを踏みつけられるという行為を通 して意図した効果は得られるのだろうか。そして、広告主の経営者は、自社の社名もしくはブランド名が“一般 市民に踏みつけられる”という状況に何の思いも抱かれないのだろうか? これらの交通広告を見るたびに、日本人の美意識と想像力の枯渇を思わずにいられない。自動改札のステッカー式広告は、美的観点からも見苦しいではないか。 また、人の足で踏まれる場所に案内掲示を出すようになったのは一体いつからなのだろう。百貨店や駅構内の案内表示、舗道の記念プレートなど、これは何も広 告に限ったことではないのだ。 モラル云々は別にしても、広告を露出するスペースに配慮が欠ければ、広告効果 も危ぶまれるはずである。想像力がなければ、人へ思いやりを紡ぎだすことはできない。人への思いやりがなければ、いい広告など作れるわけがない。当社のク ライアントに、関連企業がないことに安堵するものである。
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