いわゆるIT関連の広告で「ソリューション=問題の解決策という意の英語」という文字を見かけない方が珍しいと言えるほど、正にソリューションの乱造が露わになっている。
手元にある日経BP社の「デジタル用語事典」を引いてみた。「ソリューションビジネス」の項には次のような記述がある。「IT(情報技術)をベースとし て、企業の個別のトラブル対応ではなく、新しいシステム構築コンセプトやビジネス・モデル、システム・アーキテクチャなどをトータルに提供する事業。」シ ステム構築コンセプトとシステム・アーキテクチャ(設計思想)がどう違うのか、残念ながらこれまで培われてきた日本語体系しか理解しない私には不明だ。 「システム構築とは、システムを設計することではないのか?」という疑問に、恐らく答えられる方はたくさんいらっしゃるであろうが、私は、理解を前提とし た日本語の論理的な見地からそれら全ての答えに疑問を投げかける自信がある。私は、ソリューションのみならず、現在のIT関連の用語があまりに混乱し、定 義が錯綜していることに限りない憤りを覚えるのである。
さて、今回のテーマは「ソリューション」であった。私が広告世界のソリューションの用法から定義するなら「情報通信技術(言っておくがITではない)関連 のビジネスに対し、種々の問題の解決策を提案できるソフトウエア」となろう。「デジタル用語事典」との違いは、事典が「トータルに提供」という条件を付け ているのに対し、私が「種々の問題」と個別の問題解決の意味合いを含ませている点、また事典が「システム」と限定しているのに対し、私が単に「ソフトウエ ア」と言っているに過ぎない点である。なぜか? 現在、情報技術関連の広告では、ソリューションを決してトータルな(解決策の)提供だけに限ってはいないし、そもそもソリューションは単なる「解決策」に しか過ぎない。また、「システム」という言語があまりに多様な概念を含んだ抽象的な記号に堕してしまっているからである。さらに言えば、元来、情報通信技 術は「体系化されて機能するハードウエアとソフトウエアの総体」という意味の「システム」なくして成立しえないからである。
しかし今回は「デジタル用語事典」の欠陥を探すのが趣旨ではない。話が脱線しすぎた。もう一度、私が定義した意味の「ソリューション」の乱造というテーマ に戻ろう。まず、ソリューションにおける「トータル」という概念の取扱いである。「トータルソリューション」という言葉が情報技術関連の広告には存在する が、ソリューションがそもそもトータルな存在なら「トータルソリューション」という言葉は不要のはずだ。逆に「CRMソリューション」や「PKIソリュー ション」といった限定されたある領域を指すソリューションの用法も、広告には存在している。ちなみにCRMとは「顧客データベースを元にした顧客対応のコ ンサルティング」、PKIとは「公開鍵暗号(対になる2つの鍵を使ってデータの暗号化・復号化を行なう暗号方式)を用いた技術・製品全般」である。いずれ もある特定の業務を指している。
現状の情報関連ビジネスの広告における「トータル」という言葉が実に曲者なのである。例えば、A社の広告は「テスト・ソリューションをトータルな視点から 提供」と説明し「半導体ビジネスを変革するトータル・ソリューション」と訴求している。単なる「テスト」という業務に限定された商品に、この場合の「トー タル」の使い方は正確ではない。つまり、この論法を用いれば前述の「CRMソリューション」は「CRMをトータルな視点から見つめるトータル・ソリュー ション」と表現することもできるのである。いかに(情報技術関連の広告のみならず)広告のコピーが曖昧で抽象的で自分勝手な文脈を用いているかお分かりで あろう。
「トータル」とこの種の広告が訴える時、それはとてつもなく曖昧だ。N社は、その具体的内容を何一つ説明せず「インターネットビジネスを成功に導くトータ ル・ソリューション」のみで済ませているが、こうした事例は決して特異ではない。さもなくば前述のA社のように「トータルに見つめている」から「トータル ソリューション」である、という論法である。
ここに情報技術関連のビジネスにおける「トータル」について、最も詳細に語っている別のN社の広告がある。ボディコピーから「トータルにサポート」と銘 打った同社の提供するメリットを抜粋してみる。「○○○○○センター構築・運営のための体制づくりから顧客とのリレーションシッププログラム立案、システ ム設計、マネジメント手法の確立」「経営戦略に沿った的確なコンサルティング」「オペレーション定量的・定性的チェック・改善」「顧客情報や生の声、(中 略)情報を総合的に分析。新たなコミュニケーションプログラムの策定をはじめとするマーケティング戦略」となる。企業名の特定を避ける目的で部分的に文章 を伏せた。しかし、もちろんこれだけでは「トータル」とは言えない。私は、Totalを辞書的な意味の「全部・完全」と定義するなら、これらの要素に「企 業の財務コンサルティング」と「テストソリューション(その商品が将来的に欠陥がないかをテストし、シミュレーションし管理する)」を少なくとも加えなけ ればならないと思う。つまり、システムの設計から、営業・財務・マーケティング・顧客管理のすべての問題を継続的に解決し、さらに将来的な機能まで責任を 持つ「ソリューション」である。そしてそこにはコスト・収益・リスク・コミュニケーションのすべてに関わるマネジメント&コンサルティング機能が求められ る。しかし、ここまで揃えた「トータルソリューション」は、存在し得ないと私は判断する。でなければ、この種の広告が正確に表現していないから判断不可能 なのである。
M社は「ロジスティクスの新しいカタチ」とその範囲を限定しながら、「トータルソリューション」を謳う。この場合のロジスティクスとは「物流」であり、企 業活動の一分野でしかない。これは言ってみれば“企業活動のある分野の問題をトータルに解決する”ソリューションなのである。しかし、この広告から判断す る限り、商品はWMS(倉庫管理システム)・マテリアルハンドリング(原料・製品・資材などの運搬・管理の効率化技法)などを組み込んだシステム構築とい う機能に限定されており、恐らく従来の意味の「物流システム」の進化形といった方が正確なのではないかと思われる。
CRMやPKIなど個別の業務にソリューションを使ったかと思えば、範囲を何一つ語らないままトータルソリューションを謳い、一方で分野を限定した上にさ らに不完全な条件のソフトウエアをトータルソリューションとして訴える。しかし、これだけの矛盾を晒しながら、実際、企業はソリューションに執拗に「トー タルな問題解決策」という意味合いを含ませたがっていると私は考える。
以下は私の経験だ。ある企業のインターネットを中心とした(前述の意味での)システムの記事広告があった。データベース管理から単純なメール機能も含めた コミュニケーションまでをサポートする。しかし、それはあくまでインターネットの、特にコミュニケーション機能の円滑化に重点が置かれたシステムであった のである。私はこの(従来の概念では)単なるソフトウエアかシステムでしかない商品を表現するのに資料にあった「ソリューション」を使わず「ツール」とい う言葉を用いた。そこには、コンサルティングの機能もチェック機能も欠落していたからである。また活用の仕方によって価値は広がるとしても、基本的に対象 (ここでは記述できない)の全ての問題解決につながる商品ではなかったからである。「システム」という言葉は、これも前述の理由で文章を曖昧化させると判 断し、あえて「ツール」という言葉を使った。ツールの概念も実は幅広い。デスクトップの壁紙の意味もあるように「道具」「パーツ」としての意味合いが強い が、一方で重電分野の大規模な解析シミュレーションソフトにツールという言葉を用いることも実際にある。だが、一般的に「ソリューション」と言葉の重みを 比べればツールの方が軽い、あるいは範囲が狭い感じを受けることは確かだ。では、私はコピーライターとして誤った判断をしたのだろうか。しかし、これは純 広告ではなく記事広告であり、商品に関する説明は詳細に行っている。私はここにどのような論法で「ソリューション」を使えばよかったのか? 先の私の(現状を前提とした)定義ではとてもソリューションと言えないその商品に、である。 記事広告とは言うまでもなく、記事を読んでいただき中身の濃い情報を提供する目的で作られる広告のことだ。私は、私の説明を読んでいただいた上でという条 件をつければ「ツール」という表現が最適だと判断したのだが、案の定、スポンサーのチェックが入った。「この商品は、ソリューションであってツールではな い。」と言うのである。迷った挙げ句に私は「インターネットソリューション」という表現を用いた。どうぞ笑ってくださるがよい。何のことはない、これまで 矛盾を指摘した広告と同じことを私もしているのである。
これが広告だ。と、言ってしまっては元も子もないのは分かっているが、コピーライターのある意味これが宿命なのだ。ちなみに、私はこの時、スポンサーと直 接話せる立場になかった。これではなす術がない。恐らく読者は、いい意味で私の書いた商品を誤解するか、ソリューションという言葉に首を傾げながら私の原 稿から商品理解を行うか、その記事内容の信頼性に幾分かの疑問を抱かれるかのいずれかではないかと思う。「いい意味の誤解」こそが広告であるなら、私の書 いたコピーは成功したことになるのであろう。しかし、私には納得がいかない。
「ソリューション」という言葉に、企業も広告代理店も広告制作者達も頼り切っている現実がある。あるいは、その言葉が有効であると信じきっていると言って もよい。そして、英訳すれば単なる「解決策」でしかないこの言葉に「情報技術関連のビジネスに限って実現される、トータルで完璧な提案を含んだ解決策」な どという幻想を与えた、情報技術関連企業の皆さまと広告代理店の行為が、この分野の広告メッセージを極めて曖昧で分かりにくくしてしまったのである。
こうした環境のなかで、「ソリューションという言葉は、定義が曖昧だから使わない」などと宣言するコピーライターなど、危険きわまりないのである。哀しい かな、それが現実だ。私が本稿に「ソリューションの乱造」でなく「ソリューションの憂鬱」というタイトルを付けた理由がお分かりいただけたであろうか? 幸いにも当社には情報技術関連の、しかも「ソリューション」をビジネスにしている広告主は極めて少ない。構造的にこの種の広告は代理店が一部に集中する傾 向があるからだが、この種の広告に出会えばまた私に“ソリューションがもたらす憂鬱”が訪れることは間違いない。
しかし、こんな私に格好の“解決策”を提示してくれた広告がある。広告主とコピーライターを賞賛する意をこめて名を挙げれば、「Yes,Value 1 st」というスローガンを掲げた日立の広告がそれである。「統合システム運用管理ソフトウエア」と名付けられたこの「JP1 Version6i」なる商品の広告において、同社は一言も「ソリューション」という言葉を使っていない。その広告はこのように商品説明をしている。 「サービス品質の向上、サービスコストの低減、そしてビジネスセキュリティの実現です。そしてそのためにはWebサイトからバックエンドシステムまで、 トータルにサポートできる運用管理体制の存在が必須条件になるのです。(中略)インターネットビジネス時代に求められる最新テクノロジーを積極的に取り込 んだ統合システム運用管理ソフトウェア。システムやアプリケーションの安定稼働はもちろんのこと、経営資源を最大限に生かすTCO最適化や、顧客の信頼を 勝ち得る信頼性・安全性も実現できるのです。」これは、これまで述べてきた他社事例と比較しても立派な「ソリューション」である。安易な考えしか持たない コピーライターなら、確実に、あるいは自信たっぷりにソリューションという言葉を使うに違いない商品内容だ。しかし、意図した、しないは別として、この広 告はソリューションの使用を避けている。私は、だからこそ他社の情報技術関連ビジネスの広告とは違った主張を受けたし、差別化がなされていると感じた。商 品内容の説明も実に丁寧であった。
さて、このような賢明なスポンサーに出会わなかった場合、我々はどのように“ソリューションの憂鬱”と戦わなければならないか。少なくとも、安易な「トー タルソリューション」の使用は、読者に誤解と混乱を招くだけだと言いたい。この用語の使用・非使用に際しては、スポンサーとコピーライターの綿密な討議と 慎重な判断が欠かせないと思う。次に「ソリューション」の使用だが、コピーライターは、そのソフトウエアがある水準の機能を満たしているか否かを常に競合 他社の商品内容と比較しながら判断すべきである。当然、「完璧なソリューションはあり得ない」という現実的な判断が前提となる。スポンサーの皆さまにも冷 静なご判断をお願いしたい。仮にその商品が、個別の業務に限ってある程度の条件を満たしている場合、コピーライターは前述の「CRMソリューション」と同 様の用法を使用して構わないのではないか。ソリューションは元々、単なる解決策という意味に過ぎない。個別業務に限ったソリューションの存在は許されるは ずである。最後に、ソリューションというより従来の単なるシステム構築や単なるソフトウエアに近い内容の場合、コピーライターはソリューションを使用する よりももっと的確で販促効果のある言葉を見つけるべきであろう。またスポンサーの皆さまには、是非ともソリューションという言葉への過信を捨て去っていた だきたい。ソリューションの不的確な使用が、自社商品を貶める可能性があることを知っていただきたい。もちろん、この場合もコピーライターは、スポンサー との綿密な討議と説得が欠かせない。
以上が私の考える「ソリューション」という曖昧模糊と化した言葉への対処法である。大切なのはコピーライターの意志と、同時にスポンサー(あるいは広告代 理店)の賢明なる意志である。そして、コピーライターには、その都度、ソリューションに代わる的確な言葉を見つける才能が求められる。そうして、1日も早 く、現在のようなソリューションへの過信と乱造を中止すべきである。なぜなら、私は現在の情報技術関連ビジネスの広告の多くが、顧客の混乱を招き、広告と しての正常な機能を果たし得ていないと思うからである。
(2001.3.9)