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「現代広告の読み方」

マンスリー広告批評〈00.11月〉

「広告社会学」という学問がある。
起源を遡るとマルクス主義に至る分野で、資本主義における書店流通システムとか、階級間の情報流通の検証とか、いささか大時代的なのだが、現在、諸大学の 教室では現代社会と関連づけたアプローチも行われているはずだ。そもそも社会学とは、社会のさまざまな事象を、社会の多様な関係性の中で論じる学問であ る。そして、社会的な存在としての情報発信者(スポンサー)と受信者(庶民、企業)を、その時代に最も効率的なメッセージ形態を選択し結びつける広告は、 極めて社会(学)的な存在である。だからこそ“広告批評”は、クリエイティブの技術論に終始するばかりでなく、“社会学的視点”つまり広告が誕生した時代 背景や社会的なメッセージ性の面からも論じられるべきなのだ。それが、私がこれまで既存の広告批評に対して抱いていた不満であった。まれに、例えば「90 年代の広告史」といったテーマの際に、広告の社会性・時代性について語られている文章は見られるし、著名クリエイターの方々や天野祐吉氏をはじめとする評 論家の皆さまが執筆されているコラムには“広告とそれを生み出した時代”らしき視点に出会うこともあるが、少なくとも業界誌の類には、表現行為としての広 告を社会の多様な関係性を通して語るという姿勢は殆ど見られない。
「広告」の評価を制作者の主観や技術論だけで終わらせることは、広告代理店・クリエイター・スポンサーという極めて狭い内輪の「社会関係」で論じているの と同じであり、それでは「広告」と「社会」とのさまざまな関係性や、「広告」が人や「社会」へ与える影響力、「社会」から与えられる拘束力を十分に語るこ とはできない。そして、クリエイティブの面から見つめた技術論は、「広告」を時に芸術性という枠組に閉じこめてしまう危険性すらある。もちろん、一流クリ エイターの皆さまの技術を核にした論評から、時折、現代消費者の意識などが語られることがある。それなくして広告制作など不可能なわけだから、当然のこと だ。しかし、その場合でも帰結する先は“クリエイティブ”の域を出ないのである。
そこで「現代広告の読み方」である。著者は佐野山寛太氏。元東京学芸大学教授で、現在はデザイン制作会社を経営されている。つまり、広告を外からも内から も見られる貴重な視点を持った方である。本書の巻頭に「広告を読むことは、時代を、社会を、そして人間を読むことである」という文章がある。まさに同感。 広告こそ、もっとそうした視点でこそ語るべき表現行為であると私も思う。本書から受けたさまざまな示唆の中で、ぜひとも紹介しておきたいポイントが次の3 点である。
まず1点目は「スポンサーは神様」という広告の宿命を晒した日栄のCMである。広告業がビジネスである以上、日栄=スポンサーから「“中小企業のパート ナー”というイメージで広告制作してくれ」と言われたら、仕事そのものを断る以外、そのオリエンテーションに従わざるを得ない。「いや、消費者の見方は違 いますよ。中小企業に対する極めて厳しい御社の姿勢に沿ったCMを作った方がいいんじゃないですか」なんて言い草は、もちろん絵空事の中でしかない。これ は極端な事例かもしれないが、「スポンサーは神様」というテーマの覆面座談会など開いたら、広告の暗部がきっとこれでもかと出てくるに違いない。この場合 の「暗部」とは、スポンサーという名の下に行われる歪んだメッセージの送り方である。そんな“噂の真相テイスト”の企画なんて、少なくとも広告業界誌には 似合わないが、スポンサーの意向には逆らえない、広告の避けられぬ宿命を明言した氏の視点には(業界関係者への配慮は十分に働かせた書き方になってはいる が)私も溜飲が下がった。
次に「私たちの製品は、公害と、騒音と、廃棄物を生みだしています。」のキャッチフレーズで一躍脚光を浴びたVOLVOの広告への視点を取り上げたい。も ちろん本広告のクオリティは誰もが認めるところだ。私が指摘したいのは、佐野山氏が、本広告以降のVOLVOが日本で一切この手の広告アプローチをしな かった点に言及したばかりでなく、99年のモーターショー直前に露出された商品広告を「90年のあの広告を出した会社のものとはとても思えない迎合的な広 告だ」と批判している点だ。この種の論評も、巷で見られる広告批評には全く存在しない。その理由は前述同様、「スポンサーは神様」という広告存在のタブー に属するものだからである。
さらに、自動車の広告に対する氏の矛先は、トヨタの「ecoキャンペーン」にも向けられる。VOLVOの「私たちは〜」の広告と本キャンペーンとの大きな 違いは、後者が“自動車は環境に悪い影響を与える”というメッセージを棚上げにしている点にある。氏も、その点を衝く。「『公害と、騒音と、廃棄物を』出 し続けることには、ハイブリッドカーなどで対応するしかない。しかし前記したように、公共のことなど気にしない消費者たちは、今日もRVやスポーツワゴン に殺到する。買い手の意識をどこかで変える必要があるのだ。ボルボの広告はその可能性を示したが、トヨタのecoの広告は、その難しさをも示している。 ユーザーに態度変更を迫るレベルではなく、こうこいうことをやっていますよと言うレベルに止まっていることがその現れなのだ」とは、自動車の環境破壊とい う側面を曖昧にした広告テーマを厳しく指摘したものだ。言うまでもなく、“トヨタのecoの広告”はこの年、業界的には最も評価の高かった作品である。し かし、私はなんとも合点がいかなかった。別にクリエイティブの品質にケチを付けているのではない。社会性が含まれたメッセージに対して、その正当性を吟味 しない各広告賞の基準では受賞は当たり前の話だし、スポンサーに都合の悪い情報を曖昧にして都合のいい情報だけを強調することは、広告の本質だからであ る。きれいな葉っぱのビジュアルを使って、「ユーザーに態度変更を迫るレベル」つまり、“環境破壊につながる自動車を見直しましょう”ではなく、「こうこ いうことをやっていますよ」と、“環境を確実に破壊している現状を曖昧にした企業努力”を、正にプロの一流の技術でメッセージしたトヨタのキャンペーンへ の賛美は、クリエイティブの技術論的な視点からは正しい。全く正しい。ただ、そうした広告表現の善し悪しよりも、よほど客観的に指摘できるスポンサー側の 事情に全く言及しない広告批評は、“社会的な”視点から見れば大きな欠陥があると言わざるをえない。私が「マンスリー広告批評(4月)」で述べたような 「堂々と社会性を含んだアピール」に対して、社会性の視点からの吟味が行われないのが欠陥でなくて何であろう。氏は、私のこうしたモヤモヤを少なからず晴 らしてくれたのである。
さて、最後に紹介したいのは他でもない、あのトスカーニ創造するところの一連のベネトンの広告への意見である。氏は本広告を大多数の広告関係者たちと同様 に評価しているが、唯一「トスカーニが『もうたくさんだ』と批判するドハッピー広告が、ほんとうに人々に愛想を尽かされたのだろうか。消費者たちを広告嫌 いにしてしまったのだろうか。とてもそうとは思えない。」という言い方で疑問を呈している。トスカーニの悪乗りとも思える現代広告批判に、このように応じ た広告関係者を私は他に知らない。私は、人種差別というデリケートな人類の課題を、言葉による主張を抜きに単純な“白と黒”のビジュアルのみで表現したベ ネトンの広告に社会的な影響力(広告としての影響力ではない)を殆ど認めない。したがって、当時見られた「広告でもここまでメッセージできた」とする数多 くのクリエイターたちの「社会性」からの評価に全く賛成しない。トスカーニに関するさらに幅広い検証は、また別の機会に譲ることにするが、これだけははっ きりしている。氏は私の知る限り、トスカーニの主張に異を唱えた人物として横尾忠則氏に次ぐ2人目の勇気ある存在になったということである。
以上の3点にみられるように佐野山氏は、いずれもこれまでタブーとされていた事実に焦点を当てた実に勇気あるメッセージを送られている。クリエイティブの 技術論ではなく、こうした社会(学)的な視点からの広告批評が、もっと数多く出てきてほしいと思う。そしてそれが、揚げ足取りの誤った矮小な見方では決し てないという点を強調しておきたいのである。私も同様の考え方で、本批評を続けているのだから。




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